「男を飼うA」(梶山季之)
カントーニは女装の男優としてハリウッドで活躍していますが、彼には誰にも語れない過去があったのです...(コーイチロー記)
カントーニは、考え込んだ。
妻のナタリーが麻薬中毒になったのは、たしかに彼にも責任があった。
彼が男色家だったからだ。
五人の姉を持ち、末っ子の長男として生まれた彼は、子供のころから女の中で暮したと云ってよかった。
彼が六歳のとき、父は死亡した。
だから物心ついてから、カントーニは女の中で生きて来たことになる。
父の死後、一家は経済的に苦境に立った。収入が激減したのだ。
母と長姉の働きで、やっと生活は維持きれたものの、長男であり、末っ子である彼の教育は次女以下の姉たちに一任された。
シャツやパンツは買って貰えず、仕方なくカントーニは姉たちの肌着を着せられた。いや、家の中で着るものすら、姉のブラウスやスカートを着せられて育ったのだ。。
むりもない経済状態だったのかも知れぬ。
そのうち長姉が、貧乏生活にいやけがさして、ハガチーというアメリカ国籍の貿易商人の二号となった。
彼が十二歳のときである。
生活は次第に潤った。
ハガチーは変な男で、長姉と、末弟である彼のニ人を引き取り、生活の面倒をみた。そして彼に、女の子としての生活を強要したのである。
後に俳優になるくらいだから、カントーニは自分でも惚れ惚れする美貌に生まれついていたのだ。
ハガチーが、彼を女の子として寵愛したくなったのも、むりからぬことである。
ハガチーは、カントーニが学校へ通うのを好まなかった。男の子の服装をするからである。
家庭教師−それも女だった−をつけ、髪の毛を伸ばし、それこそ頭の先から爪先まで、女の服装をさせて育てたのだ。
カントーニはやがて、自分が女の子のような錯覚を抱きはじめた。
姉の化粧室で、頬紅をつけ、ルージュを塗り、爪をマニキュアすることを覚えた。そしてハガチーは、カントーニが化粧すると、姉の日の前でも大喜びでキスした。
寝室は別に与えられていたが、彼が十四歳になった春のある夜、ハガチーはこっそり彼の寝室にやって来た。
ハガチーは、ネグリジェで寝ている彼の、ナイロン・パンティを剥ぎ、ゆっくりと顔を埋めた。
カントーニは恍惚となった。
「気持いいだろ?」
姉の愛人はそう云い、それから、
「きみは女なんだ。お姉さんのように、僕から犯されねばならぬ。ほんとうのことを云うとお姉さんより、きみの方が好きなんだよ....」
と囁きながら、彼のある肉体の部分に、ゆっくりとコールド・クリームをなすり込んだのだった。
はじめ 〃破瓜〃は、指でなされた。
やがて、その苦痛は、カントーニにとって待ち遠しいものとなる。
苦痛と同時に、恍惚を与えられるからであった。
指一本が、数日後にはニ本となり、そして三本になった。
指三本が苦痛でなくなったころ ――ハガチーは姉を外出させて、
「愛する者よ......」
と厳かに告げた。
「なアに?」
とカントーニが答えると、
「きみは今夜、身も心も、私の愛する女となるのだ。覚悟はいいね?」
とハガチーは云った。
濃いラム酒を口移しに飲まされ、少女の如く髪の毛を長くした彼は、接吻と抱擁のあと熱した鉄の如くなったものを、肉体に突き立てられたのだ。
苦痛があった。
しかし、馴らされていた彼には、むしろ、その苦痛は、快楽の予言でもあった。
肌と肌とが密着し、彼の火照った部分に、ハガチーの指がしなやかに纏った。
彼はうめいた。
そして自分の肉体に、ある凄まじい勢いでなにかが迸り人るのを感じたとき、カントーニは生まれてはじめて、自分が 〃女〃 にさせられた恍惚を味わったのである.....。
彼とハガチーのただならぬ仲は、やがて同棲している長姉の知るところとなる。
姉は弟を罵り、
「お前は人間じゃない!」
と激昂して去って行った。
カントーニが満十五歳を迎えたばかりのころである。
そのころ、彼はすでに、ハガチーによって、フルート・プレーヤーの技術を十二分にマスターしており、もうハガチーなしには暮せない 〃女〃 になっていた。
フルート・プレーヤーとは、棒なめ屋、つまり男性の同性愛者のことである。
ハガチーは、彼が女性として欲しがる物はなんでも買って呉れた。
グランド・ピアノも、フランス製のドレスや香水も、黙って買い与えた。
しかし、男性の匂いがするもの――それがたとえ、いかに安価なものであっても、決して首を縦に振らなかったのである。
「お前は女なのだ。身体はたとえ男の恰好をしていても、本質的には女、いや、女以上に女なのだ........」
ハガチーはよくそう云った。
十七歳になると、流石に髭が生えて来た。ハガチーは毎日のようにそれを毛抜きで抜きとり、ついで脚の毛も抜いた。
ハガチーは、女の脚より、男の脚の方が美しいと信じていたらしく、興が乗ると、白分も脚の毛を剃って肉色のストッキングをはき、必らず桃色のガーターで留め、真紅のエナメル靴をはいて、このときだけは、
「ダーリン! 犯して!」と女役になりたがった。
しかし、ハガチーに訓練しつくされた彼は、ハガチーに犯されないとエレクトせず、犯されたあと交替する......という奇妙な経過を辿らねばならなかったのである。
ハガチーはそのときだけ、両脚を上にあげ、
「脚にキスして!」
とか、
「脚が美しいと云って!」
とか云って甘えた。
これは、いまもってなぜだかわからない。
十八歳の夏、映画人りした。
女装の男性――という、カントーニの奇妙な生活ぶりか、映画製作昔の興味をひいたのでもあろうか。
彼の主演した 〃紅蜥蜴〃 は、空前の大ヒットを呼んだ。
そして、この大成功とは逆に、ハガチーはカリブ海で溺死してしまった。
遺書が有り、そのハガチーの残した遺産は、すべて愛人カントーニの所有となる。
梶山季之著「男を飼う−蛇と刺青の章」集英社刊から引用