「男でもなく 女でもなく」

           (蔦森樹)


 勤めて三週間ほどたった頃、私はすっかりホステスが板についていた。そして、女の立場にすっかり身を置いている自分に気がついた。
 へテロなオトコ(お客)たちにとって私は性の対象に結びつかない”女”だったが、それでもスカートの中に手を入れられたことは何度かあった。
「あれっ、オマェ取っちゃったんだ?!  だったらオレはオマエとエッチできるよ」。

 すっかり酔った男はスカートの上から押さえた私の手をはらいのけ、はいていたガードルの上を勘違いしたまま荒くまさぐった。胸を触られることも多くあった。そのたびに私は体を固くした。ある程度は覚悟していたので、お客の手を軽く振りほどくことに終止したが、それでも不快さと、女に思われているという思いが交差し、落ち着かない気持ちになるのだった。

 嬌声をあげたり、シナを作っていいのか悪いのか、怒っていいのか悪いのか。私はそのたびに判断がつかず、たいていは言葉が出なくなった。しかし、男たちに性的対象として扱われることは、半面、やはり悪い気はしなかった。だがその裏には、ヘテロな彼らにとってペニスがある私は、最終的に性の対象にならないだろうという安心感があったことも確かだ。

 しかしある晩、ママに散々言い寄ったあげく見事にふられた中年のお客が、酔った勢いで私に寝ようと言ったとき、この安心感は突然破られた。そう言われた瞬間に、私は思わず腰がひげた。「いくらいるの?」 耳元でそう言われた途端、顔から血の気がさっと引いた。私はあわてて「男だからダメ」と、このときばかりは 〃男であること〃 を言い訳にした。だがその男は「きみは充分女だよ」と真顔で言い、「お店が終わったら待っている」と断わらせないような強い調子で、私の体をぐっと抱き寄せた。

 私の全身をなめまわすように見る男の眼に、私は見覚えがあった。女という記号への欲情と、女性に対する怒りが同居するような眼差し。そのときの自分の顔を見たことはなかったか、女性的なものすべてに条件反射のように発情を繰り返していた頃の私は、きっとその男と同じ目をしていたに違いない。このことに気がついた途端、私は彼の顔を正視することができなくなった。店の売り上げのことを考えれば、このまま波を怒らせて帰すわけにもいかないだろう。セックスのことなど論外にせよ、彼はお店の得意客のひとりなのだし……。

 私は腰に手を回されたまま、血の気の引いた頭でそういうことも考えた。だが一見冷徹な顔とは逆に膝はガクガクと震え、体は金縛りににでもあったかのように動かなかった。そして、「欲望されている、抱かれる」と思っただけで、頭の中が本当に真っ白になった。男の自分を解体し、その対極にあった未知の、女と思うものに自分を組みたてていく中で、最後まで手つかずに残っていたものは、まさにこのことに違いない。

 −今まで触れることのなかったセックスの問題。それは常に、私がー方的に女性に発情し、その身体を抱くことだったといえる。私が共に暮らす彼女に抱かれることがあったとしても、それは彼女が私に欲情し、積極的にセックスをしたというわけではないだろう。私が彼女に欲情し、抱かれたい私の思いを彼女が満たしてくれたということだったはずだ。だが、自分を女に変えていくことで、私は、私が彼女にしたように欲情され抱かれる自分を夢想するようになっていた。そして彼女は・・・・やはり、私を抱きたいと思うことがなかったに違いない

 ・・・・・・抱かれてみたい。硬くこわぼった体のまま、私は白昼夢を見たあとのようにそう思った。その ことを考えると、体の芯に火がつけられたようだった。
「なぁ、いいだろう?」
酒臭い息が耳元にかかった瞬間、私は急に目が覚めた。いいだろうと押しつけるように言われたとき、夢の世界が消えた。

「男でもなく 女でもなく」(蔦森樹著) 勁草書房刊から引用

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