「男を飼う」(梶山季之)
(比留間久夫)
<女にされたジョージ>
ジョージ・F・シナモン。
誘拐事件で世間を騒がせ、一躍、有名になったシナモン二世は、父親よりも母親似の目鼻立ちのはっきりした、女に紛うような優さ男であった。
今年十九歳で、一応、加州大学に籍をおいてはいるが、殆んど学校へ行かず、終日、父親に買って貰ったビバリー・ヒルズのー軒の家で、ひっそりと暮していた。
メイドはいない。
住んでいるのは、ジョージと男友達で、その男友達の顔は、ときどき変った。
誘拐されたとき、ジョージは十六歳でまだ童貞であった。
そして今日もなお、童貞だと云えるかも知れない。
――なぜか。
ジョージは、あの誘拐事件の五日間で、すっかり異性に興味を持たない人間に、させられてしまったのだ。
ジョージは、郊外の飛行場へ連れて行かれると、黒い布で目隠しをされ、セスナ機に乗せられた。そしてパラシュートを背負わされたのだ。
だから、どこをどう飛んだのか、彼にはよくわからない。
とに角一時間ぐらい飛びつづけて、ジョージは不意に席を立たされた。
飛行機は旋回をつづけ、ある地点に来たとき、
「さ、飛び降りろ!」
と、殆んど突き落すような恰好で、機外に掘り出されたものである。
ジョージはこのときほど、吃驚したことはない。
彼の躰は、矢よりも速く地上に向かって落下して行き、気を襲いそうになったとき、ぐいツと起重機かなにかで、首を捉えて吊り上げられたのである。
パラシュートが、開いたのだった。
<あ、助かった>
ジョージはそう思った。
十六歳でも、父の迎えではなく、自分は誘拐されつつあるのだ...と悟っていたからだ。
ところが、地上に降り立ってみると、一台のスポーツ・カーが走って来て、
「乗るんだ!」
と云う。
彼は林の中の、山小屋風の別荘に連れ込まれた。
「二階へ来い」
とジョージは、二階の広い寝室に閉じ込められた。
心細かった。
窓をあげてみると、俄かづくりの鉄格子が取り付けられてある。
逃亡を防ぐためであろう。
・・・夕刻まで、ジョージは放置された。
そして夕食が運び込まれ、食事が済んだあと、ジョージは寝室から出されたのだ。
迎えに来たのは、二十七、八のいかにも玄人じみた栗毛の女性である。
「さ、いらっしゃい」
彼女は微笑しながら、ジョージを階下の化粧室へ連れて行った。
「シャワーを浴びて!」
女は命令した。
云われた通りに、シャワーを浴びていると、女が海水着姿で入って来て、
「脚をお出し!」
と云った。
ジョージは驚いた。 みると女の手には、無気味な西洋剃刀が光っている。
「救けて下さい!」
彼は哀願した。
女は苦笑し、
「殺しはしないよ。大事な、私たちのお宝なんだからね」
と云うのである。
おそるおそる、ジョージは右脚をさし出してみた。
すると女は、湯をたっぷり右脚にかけ石鹸を塗りたくりだす。
<なにをするんだろう?>
ジョージはそのとき、奇怪な幻想に捉われたことを記憶している。なぜか、それは彼がー匹の胡蝶となって、浴室の中を羽ばたいて飛び廻る…といった幻想であったのだ。
女は、剃刀をかまえた。
「今日から、あんたに、女になって貰うんだよ・・・・」
彼女は、うっとりした声でそう告げる。
「えツ、女に?」
「そう。男では人目につくからねえ」
女は、ジョージの右脚の毛を丹念に剃りながら、妖しく微笑した。そして云った。
「でもあんた、綺麗だから、私も、女に仕甲斐があるよ・・・」
有名な俳優の息子を誘拐して、身代金をふんだくろうと考えた悪漢たちの仲間にも、知恵者がいた。
つまりジョージ・F・シナモンを連れて移動するには、人目に立ちすぎる。
仮に新聞などで、事件が報道されたら、とくに怪しまれるであろう。
そこで可愛い顔立ちのジョージを、思い切って女装させてしまえば・・・・・と考えたのであった。
ジョージは浴室で、両脚の毛を剃られ、ついで丹念に顔を剃られた。
剃ってくれたのは、ギャングの首領の情婦で、リズと呼ばれた栗毛の女性だ。
リズは毛を剃ると、ジョージに、
「さあ、躰をよく洗って!」
と命令した。
躰を洗い、浴室から出ると、リズはナイロン製の女物パンティを手渡し、
「さあ、それをはくのよ」
と云ったものだ。
ピンクで、刺繍のある上等なパンティであった。
パンティをはきながら、ジョージはなぜか奇妙に昂奮していた。
女性の恥しい下着を身に着けるときの、一種云うに云われぬ快感よ!
子供のころから、ジョージは女性の華やかさ、優しさに憧れを持っていた。
そして、機会があったら、それに触れたいと思っていたことも、事実である。
「さ、パンティの次は、ブラジャーよ」
リズは、同じピンク色のブラジャーを取り出して、
「あら、胸の膨らみがないのね」
と呟く。
リズはしばらく考えていて、
「そうだわ・・・・・・」
と、新しいナイロン・ストッキングを丸めて、ブラジャーの中に入れた。
「さ、これで大丈夫」
リズは微笑った。
なるほど、感触といい、膨らみ工合といい、女性の乳房にブラジャーをあてがったようにみえる。
ジョージは、ひどく昂奮した。
「次は、ガードルね」
リズは、黒いガードルをパンティの下にあてがい、
「さ、靴下をはいて!」
と、云うのである。
肉色の、なまめかしい長靴下。
ジョージは、どうやってはこうかと、戸惑った。
「靴下の中に、腕を通して!」
リズは命じた。
「爪をひっかけないでよ! 上等な品だから、すぐ伝線するからね」
彼女はそう云い、自分で模範を示して呉れるのだった。
爪先から、おそるおそる足を入れる。
柔らかい光沢。
そして、しなやかな弾力性。
毛を綺麗に剃ったジョージの白い脚が、みるみる肉色のストッキングに包まれて、女みたいになった。
「さ、ガードルに留めるのよ」
リズは、自分で靴下を留めながら、
明日から、自分一人でしなくちゃならないんだから、よく憶えていてね」と云うのであった。
「スリップの次は服だけど、今日は、これを着てなさいな・・・・・・」
既製品であったが、それはまるで誂えたように、ぴったりジョージの躰に似合った。
「あんた・・・・幾つだっけ?」
リズは訊いた。
「十六です」
ジョージは赧い顔で答える。
「そう、十八にはみえるわね。やっぱりハイヒールの方がいいわ」
リズは、ジョージの足の文数を訊き、
「やっぱり、私の思っていた文数だったわ。さあ、この中から選びなさい」
とトランクをあげた。
みると、数種類の婦人靴が入っている。 ジョージは、白のハイヒールを手に取った。
洋服がブルーだったので、白の方がマッチすると思ったのだ。
ジョージは、靴をはいた。
リズは、うっとりと眺め入って、
「あとは髪と顔だわ・・・・」
と云い、長い彼の髪の毛を、レザー・カットして、女のようにしてしまった。
ついで鏡の前に坐らせて、顔にうすく白粉をはたき、口紅をさす。
「どう。みてごらんよ・・・・・・」
リズは云った。
ジョージは目をあげて、鏡の中を覗き込んだ。
そこには、一人の女性がいた。
自分の目が、信じられなかった。
「これが・・・・僕なの!」
ジョージは思わず、そう口走ったことを憶えている。
リズは微笑した。
「どこからみても、女の子ね」
ジョージは肯いた。
「とても綺麗よ、ジョージ・・・」
リズは、そう云いかけてから、慌てて、
「そう、そう。今日から貴方は、メリーという名前の女の子なのよ。憶えてらっしゃい」
と云い、
「さ、次はマニキュアしましょうね」
と謳うように告げたのである....。
――女装。
ジョージ・F・シナモンは、その隠れ家で、その密かな愉しみを知った。、
いや、そればかりではない。
彼は、リズの亭主であるグリーンから、他人には云えない快感を教わったのだ。
グリーンは、ギャングのくせに、いわゆる両刀使いであった。
夜遅く、山小屋に戻って来たグリーンは、二階の寝室へ入って来て、女装しているジョージをみると、
「こりゃあすげえ! 別嬪さんだ・・」
と舌なめずりし、いきなり、彼を抱いて唇を吸いつけたのだ。
生まれてはじめて、踵の高い女の靴をはいた彼は、よろけまいとするのに精一杯で、そのうち息を詰まらせそうになる。
グリーンは、
「お前、まだ男の味を知らねえだろう」
と云い、ベッドの上に彼を押し倒したのであった。
ジョージは抵抗した。
しかし、抵抗しながらも、なぜか自分でも合点がゆかないくらいに、昂奮してしまったのだった。
グリーンは、パンティを引き剥いだ。
そしてやにわに、ジョージの繁みに顔を埋めたのだ・・・・。
彼は、途方もない恍惚境を彷徨った。
ジョージは、そのときまで、オナニーすら知らない初心な子供であったのである。
グリーンは、着ているものをぬぎ捨てて、隆起した部分と、ジョージのアナルにクリームを塗りたくった。そして彼におおいかぶさったのである。
苦痛のー瞬が訪れた。
ジョージは、のけぞった。
グリーンは唇を吸いつけながら、ジョージの火のように熱くなった部分を、ゆっくり愛撫するのだった。
苦痛と洗惚とが、混ざり合って、十六歳の少年に襲いかかる。
やがて苦痛の方がうすらぎ、恍惚の旋律が高鳴りはじめた。
少年は、自分がー匹の胡蝶に、化身して行くのを知った。
瞼の裏に、華やかな幻想模様が浮き上り、ぐろくると渦巻きはじめて行く。
少年は、低く呻いた。
と同時に、背筋を刺すような、鋭い快感が走り抜けて行き、すべては終った。
グリーンは微笑し、
「さあ、これで、お前は俺の女になったわけだ・・・・」
と云い、今度は優しく接吻して来る。
ジョージは夢中になって、接吻に応えたのである。
グリーンはその夜、情婦のリズを放ったらかしにして、ジョージを愛しつづけた。
「いいか。女に惚れるんじゃねえぜ。それよりも、女になって、男に可愛がられた方が、どんなにましか知れやしない」
グリーンはそう云いつづけた。
ジョージが微睡んだのは、夜明け近くである。
リズは、自分の亭主から、ジョージが愛欲の対象にさせられたことを、百も承知しているくせに、平然として、昼どろ目覚めたジョージに、
「さあ、お風呂に入って・・・・」
と、昨日と同じく、まめまめしく仕えて呉れたのだった。
昨日とーつだけ違うことは、パンティをはく前に、
「痛むんじゃないかい?」
と云って、薬品をたっぷり塗り込んだ脱脂綿を、ある部分にあてがって呉れたことだけである…。
グリーンは逃避行の五日間のあいだ、夜はジョージを独占した。
ステーション・ワゴンで移動するのだが、大胆にもグリーンは、女装したジョージを連れて、田舎町のレストランに入ったりしたものだ。
誰も、彼が男であるとは思わなかった。
可愛らしいハイティーンのお嬢さんと思って呉れたようである。
この五日間の体験は、ジョージ・F・シナモンの人生を、すっかり狂わせてしまったのであった。
第一に、女性に対する欲望を、すっかり喪わされてしまったのだ。
逞しい男性に、荒々しく抱擁されてみたいとか、エレクトした部分に入念な接吻をしてみせたいとか、考えるような人間に改造させられてしまったのである。
次に、男性の着る物に対して、なんとなく嫌悪感を抱くようになったことであろうか。
父親の命令で、大学に進んだころから、ジョージは最速、その欲望に耐えきれなくなったのだった。
髪の毛を、女性のように伸ばしはじめたのは、そのためである。
ちょうど、ビートルズの影響で、男性の長髪は流行しはじめていたから、逆の意味で好都合だった。
そして、髪の毛が長く伸びると、ジョージはパーマをかけ、化粧をし、上から下まで女性の衣類を身に纏って、完全な女になりきったのだ。
そして父親に買って買ったビバリー・ヒルズの家で、女として暮しだしたのだった。
この家の中で、ジョージはー人の女性であった。そして同棲する相手の男に対して、妻の形で献身的に仕えたのである・・・・。
梶山季之著「男を飼う<鞭と奴隷の章>」(集英社1969年刊) から引用