「僕を殺した女」(北川歩実)
宗像を誘ってデパートに出掛けた僕は、まずは婦人靴売り場に行った。ヒロヤマトモコが履いていたハィヒールの靴は、僕には履きこなせそうになかったし、かといってずっとサンダルという訳にもいかないと思ったのだ。
ヒールの低い靴をいくつか試してみた。そのうちに、先に服装を決めるべきだな、と思った。亮一とは、自分の正体を明かさず、一人の初対面の女性として会うつもりだ。今身に着けている、ヨットパーカーとコットンのパンツよりは、もう少し気の利いた格好をしていく方が似つかわしい。といって、ヒロヤマトモコの衣服を着て行く気持ちにはならない。スカートを穿くことに抵抗があるのだ。そこで、婦人眼売り場に行き、婦人物のズボンを見て回った。試着して、少し動いてみる。その動作が、どうも女らしくない、と僕は感じた。
やはりスカートにするべきなのかと、スカートを試着してみる。鏡に映った姿に、僕は軽い感嘆の声を上げた。改めて、女のスタイルの良さに気が付いたのだ。スカートから覗いた脚は、細くなめらかで長い。僕はちょっとポーズを作ってみた。鏡に映った女は、まるでファッション雑誌のモデルのように華やかでかっこいい、と僕は思った。また別のポーズを取り納得してうなずいた倭、僕ははっとなった。鏡に映った女もうなずいたからだ。この女は、僕なのだ。それを忘れてはいけない。急に気恥ずかしくなった。この格好で表を歩けるだろうか。僕は試着室のカーテンを開く勇気もないことに気が付いた。スカートをコットンのパンツに穿き替えて試着室を出た後、どうしようかと考えながら店内を見て回るうちに、スパッツとかいう、びっちりしたズボンみたいなものを穿いたマネキンを見つけた。これなら、十分に女らしく、それでいてさほどの抵抗を感じずにすむと思った。
スパッツは穿き心地良好で、歩き方にもさほど気を遣う必要もなさそうだ。気に入ったと店員に告げると、宗像が現われ、値段も聞かずに店員にカードを渡した。店員はにこやかに応対し、さらに上着をコーデイネイトするよつ勧めた。僕はいわれるままに、淡い黄色のシャツと、ざっくりしたデザインの柿色のセーターを選び、黒のスパッツと合わせて着てみた。
似合っているのか、僕には良く分からなかったが、店員は自信有りげだし、宗像もうなずいている。多分似合っているのだろう。店員は、値段をさらりと口にする。スパッツと合わせて五万近い金額になっている。が、宗像に動揺はない。少々心が痛むが、気にしないことにして、僕は、「ありがとう」とだけはいっておいた。
品物を包装して持ってきた店員は、受け取る僕に、こっそり耳打ちした。
「下着の線なんか見えますと、あまり格好良くありませんでしょう。Tバックの下着の方がよろしいですわよ」
そこで、下着売り場に行った。宗像は恥ずかしがってついてこなかった。僕だって本当は恥ずかしいのだが、今の格好では、恥ずかしがっている方が不自然だろう。堂々と歩き、堂々と下着を見て回った。そして…こんなもの本当にはいてる人がいるんだろうか。・・・
Tバックの下着の後ろと横は単なるヒモだ。呆然と眺めた。驚いたことに若い女、どうみたって中学生の女の子が平気でそれを買っている。そういう時代になっているのだなあと、感慨に浸った。もっとも、時代のせいと思うのは、単に僕が無知なだけで、五年前にも、女性はこういう下着を着けていたのかもしれない。
勇気を出してTバックの下着を買い、今度は美容院に入った。シャンプーとフローをしてもらい、つややかなストレートヘアに整えた。
鏡を覗きながら、僕は、この変身作業の滑稽さを思っていた。
「僕が殺した女」北川歩実著・新潮文庫から引用