ノックを待って

 夕方5時過ぎの新宿駅南口は勤めを終えて帰宅しようとする人たちやこれから遊びに行こうとする人たちで大混雑している。
 大きなバックを抱えた亜樹夫は何人かとぶつかりながら、なんとか甲州街道に出てきた。
 そして背広の内ポケットから、昨夜自宅のパソコンからプリントアウトした紙を取り出した。ほんとはもう頭の中にはいっているのだが、落ちつかないせいか何度も読み返してしまう。そこにはこう書いてあった。

亜樹様
明日お会いできることを楽しみにしております。
ホテルは西新宿のWホテルを予約しました。ここは大きなホテルでフロント前を通らずにエレベーターに乗れますから...。
予約者名と予約番号は以下の通りです。亜樹さんは男性モードでチェックインして、お部屋で先にお支度してください。必ず予約者名でチェックインしてください。それとそのときに部屋代のデポジットを求められますので、恐縮ですが全額お立替ください。
私は約束の7時半になりましたら、フロントから電話を回してもらって部屋番号をおきします。そしてそのままお部屋にお伺いいたします。
                            Kより

 そしてこの後には、Wホテルからの予約確認のメールがドラック&コピーして貼りつけてあった。
「なんて、要領がいいんだろ....。こういう人は営業系だろうな....」
 感想を呟きながら、亜樹夫は甲州街道を西新宿に向かってあるきはじめた。


 亜樹は女装をはじめて半年だ。会社の宴会でむりやり女装させられてから、ミイラ取りがミイラになった。通信販売で下着や洋服・化粧品を買い揃えて自室で女装しているうち、だんだん女性として男性に抱かれたいという願望を押さえられなくなった。そんなとき、ネットの女装掲示板に書かれてあったKの「女装初心者と遊びたい」というメッセージにに興味半分にレスを返したところ、速攻で返事がきた。
 最初は何回かメールをやり取りしてと思っていたが、Kの強引とも思える誘いに乗せられて、たった2週間で西新宿のWホテルで会うことになってしまった。もっとも半年メール交換しようと、一回だけのメール交換だけだろうと、ホテルで女装子と女装子が好きな男が会えば、することはただ一つなわけだ。エッチの相性が合わなければ2回目のデートはなしにすればいいだけのこと


 新宿駅南口の改札口から歩いて10分、Wホテルに到着した。全国に展開する田藤観光のWホテルチェーンのここがフラッグシップであり、白の外観は高級ホテルを思わせる。
 フロントは3階にある。亜樹はここを使うのははじめてだ。ホテルのフロントといえば重厚感と慇懃無礼さが特長だが、ここはまったくそんなことがない。銀行の窓口のようなものだ。記入台でチェックイン用紙にKから伝えられた予約名と予約番号を書きこみ、行列に並ぶ。そして空いたフロントマンにその紙を渡し、彼は無造作に予約端末を叩き、無感動にデポジットの7980円を請求する。一万円札を渡すとお釣ともに1216号室のカードキィが渡される。ただそれだけだ。ラブホテルのような恥ずかしさや照れもない。密室ですることはかわりないのに不思議なものだ。


 しかしまあ、フラッグシップホテルでも中身はビジネスホテルである。
 1216号室はスタンダードシングルだが値段と比例してそんなに広くはない。それでも浴室やベットのシーツも清潔だから、まあ許せる。そして大都会の真ん中でひとりポツンとホテルの一室にいるということは快感だ。ここで何をしようと誰も知らないし、誰も妨げることはできない。心置きなく女装子の亜樹になれるのだ。こんなことを考えていると、Kが尋ねてくる時間があっという間にきてしまう。彼が来る前に亜樹は準備をすませなければならない。


 カバンからスリップなどの下着類を出し、ベッドのカバーの上にひろげた。先週通信販売で買ったばかりのブラジャーとショーツ。アイボリーホワイトのミニスリップ。バラのように赤いベビードール。黒いシームの入ったストッキング。それらなまめかしい女性下着を花びらのように広げていると、亜樹の気持ちは不思議に寛いでくるのだった。
 女性用の化粧品が入ったバッグとブラジャーとショーツを持って、亜樹はバスルームに入った。まず、着ているものを全部脱ぎ捨てる。今日1日スーツの下に穿いていたショーツを脱ぐ時、前の部分が少し濡れているのに気づいた。亜樹はひとりで顔を赤らめた。実は今朝からデートのことばかり想像して何度もシンボルを固くさせていたからだ。


 亜樹は小さなバッグから2個入りのイチヂク浣腸を取り出し、持ってきたコールドクリームをアヌスに塗りつけた。そうしてから絨毯の上に四つん這いになり、イチヂク浣腸を深くアヌスに挿入してから容器を握りつぶして液をしぼり出す。亜樹の腸壁に当たるグリセリン液の感触。亜樹の肌は鳥肌だち、小さなペニスは再度硬くなってしまった。「5分は我慢しないと....」と自分に厳しい戒めを課して悲鳴をあげながらなんとか我慢した。そしてすごい快感とともに1度排便してから、もうー回浣腸し、すっかりよごれを排出してから亜樹はシャワーを浴びて体を清めた。
 それから、ボティショップで買ったハーバルの香りがする乳液を選び、指でアヌスの奥までたっぷり塗りつける。Kにも求められてもそれを迎える準備行為だが、それだけでだけで亜樹は激しく欲情してきた。しかし、ここでベッドの上で自慰行為をしては、なんのためのホテルデートかわかりはしない。


 すこし気を落ちつけてから、亜樹は鏡の前に座り、化粧にとりかかった。夕方、目についた理髪店に飛び込んで顔そりをしてもらい、ちょっと無理を言って持参した栄養クリームを塗りこんでもらったので、女性の肌と同じくらスベスベしている。だからすぐにファンデーションを塗りこみ、目の化粧にとりかかる。まず、ちょっとブルーの濃いアィシャドウをひき、アイライナーで目の回りを強調する。つけまつ毛は必要ない。子供のころから周囲の女性に羨ましがられたくらい、亜樹のまつ毛は長いのだ。軽くマスカラをつけるだけでいい。
 それから唇。これは赤いペンシル型の口紅でふっくらとなるように輪郭をつけ、ローズ ピンクの口紅で塗りつぶす。透明なリップクリームを薄くつけると、濡れたように光って とてもセクシーだ。


 髪は持参したショートストレートのウイッグをかぶり、丁寧にヘアブラシでブラッシングする。男モードのときは、あっという間に髪を整えてしまうので、こうして長い髪を好いている時も女性を感じる幸福な時である。
 そして仕上げはインポートショップで買ったパルファムを全身にふりかけて嗅覚に訴えるしかけもした。
 こうやって身体から性感を高めていき、ついにランジェリーを着ける時を迎える。
 ベッドの上に広げたランジェリーのなかから、まず亜樹はアイボリーホワイトのショーツに脚を通した。コットンは入っていないナイロン100%のショーツ。すべすべしたナイロンの肌ざわり、きついウエストゴムが股ぐりとヒップに食い込む。ブラジャーとコンビとなったショーツはとても小さいから、充分に上にひっぱり上げないと勃起したペニスがはみ出してしまう。
 淡い白地の布地をとおして黒々とした陰毛がスケて見える。激しく昂奮するとペニクリが自己主張して布地にくっきりと形を浮き彫りにするだろうけれど、この状態では布地に圧迫されて陰毛の下に隠れている。
 

 次はブラジャーになる。ストラップに両腕を通してからフロントホックでカップを合わせる。そして、これも通信販売で購入したシリコンパッドをアンダーに入れて、ブラの留め金をバチンとめると、弾力のある布が快く亜樹の乳房を圧迫した。
 両手でブラを包み、いろいろな角度にゆすってみる。シリコンパッドが心地よく揺れる。
 「ああ」
 布地が乳房に擦れる感覚。亜樹は思わず快美感を声にした。
 鏡の中に若い娘が出現した。可愛らしいホワイトのブラジャーで乳房を、同じ色の透明なショーツでヒップを包んだセクシーな娘だ。
 「亜樹ちゃん、今日の貴女はとても素敵よ! そのブラジャーがいいわ」
  亜樹はうっとりとして鏡の中の姿に見惚れた。ステージの上のストリッパーのように身をくねらせてみた。そうっと乳房を撫で、両の掌でふくらみを上に持ちあげたり、くるむようにしてみた。ブラの下で乳首が硬くなって尖ってきた。ショーツの下に押しつぶされているペニクリが硬くなり膨らんできた。このままオナニーをして欲望を鏡の中の美少女に向かって吐き出したい気持ちを亜樹はなんとか押さえ込んだ。それはこれから来るであろう歓喜の時にとっておきたかった。


 ハンガーにかけたワンピースにもういちどブラシをかけて皺をのばし、黒のハイヒールをシューシャインセットに磨いているとき、ルームテレフォンが鳴り響いた。
 待ちかねていたコールであるが、とるのが怖い気がする。
 コールが鳴りつづける。1回、2回、3回.......。
 勇気を振り絞って亜樹は受話器を上げた。
 「もしもし....」
 「ごめんなさい、すこし遅くなりました。Kです。いまフロント横の公衆電話です。お支度はよろしいですか。よければこのままお部屋におうかがいしますが....」
 「ごめんなさい....。あと10分いただけますか? もうすぐ着替えおわります....。お部屋は1216です」
 「わかりました。じゃ10分後に......」

―――――きっちり10分後、コンコンコンとドアがノックされた。亜樹はこれから始まるアバンチュールに胸をときめかせながら、ロックを外してドアを開けた....。 <おわり>

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