「不肖・宮嶋 南極観測隊に同行ス」
  
                (宮嶋茂樹)

カメラマン・宮嶋茂樹の本が気に入っている。
 一生懸命やっているところがいい。とりあえず少ない取材費で自分で動いている。カンボジア・タケオ基地前で野宿したり、麻原の写真を撮ろうと小菅の刑務所に張りこみをかけて、奇跡のスクープをゲットする。
 それにスケベだ。
 神は細部に宿る、という。すべてのヒントは現場にある、という。
 これを宮嶋は忠実に守っているような気がする。
 で、この本「不肖・宮嶋 南極観測隊に同行ス」だ。
 だれも南極昭和基地にオレンジキッズというバーがあるなんて知らなかっただろう。それだけではない。そこには国家公務員である観測隊員や自衛隊員が女装子となって毎晩楽しい思いをしているらしいのだ。
 この南極の女装子の写真もこの本に掲載されている。お世辞には化粧上手とはいえない。しかし、男だけの隔絶された場所の女装子というのは、なにか淫靡な匂いがしなくもない。
以下引用ス。

 そして、いよいよバーの開店であった。「オレンジ・キッズ」のオーナーは海上保安庁からきている田中隊員である。まさか彼が自費で、あらゆる酒からビリヤード台まで持ってきたわけではないだろうが、とにかくオーナーなのであった。
田中隊員といえば、以前書いたように、我々が内陸へ出発する時に「北の宿から」で送ってくれたヒトである。カラオケが好きな彼は、開店から閉店まで、ずっとマイクを握りっぱなしで、完全に店のBGMとなっていた。だが、彼がマイクを握っている間は平和なのである。このヒトは、飲むと暴れるということである。しかも、メイワクなことに、海保の警備救難部である彼は、ムチャクチャに強く、誰も取り押さえられないのであった。彼が店の酒に手をつけた時こそ、昭和基地が全滅する時だろうと、皆密かに恐れているのであった。

 その歌声に引かれるようにバーを訪ねた私は、目が点になった。
いたのであった。女がいたのであった。ホステスがソファに座って、お酌をしているのであった。さすがは従軍慰安婦の伝統を持つわが国である。『しらせ』の船底には秘密の部屋があり、そこに上玉を隠して連れてきたのであろう。ああ、大和撫子ここにあり。なんという尊い志であろう。男でも辛いこの白い地獄に、女の身空でやってくるとは。

 不肖・宮嶋、一命にかけても、この事実が朝日などに漏れぬようにと誓いつつ、ソファに座った私に、彼女は話しかけた。
「あらあ、宮嶋さん、いらっしゃい」
 野太い声なのであった。よくよく見ると、パイロットの山下隊員なのであった。アンナミラーズの制服のようなものを着ているが、山下隊員はまぎれもない男なのであった。だが、美しかった。断言しておくが、私にソノ気はない。だが、おもわず股間を押さえたほど、私はゾクッとしたのであった。小柄で長髪の山下隊員は、それを自覚していると見えて、今日は看護婦、明日はスッチーと、制服を取っ替えひっかえ着替えて、ほとんど「オレンジ・キッズ」のママ状態なのであった。

「これ、智子や、こっちきてお酌せい」
 山下隊員の本名は智幸なのであった。
「おーい、智子ママ、ボトル一本いれといてくれ」
これで、山下隊員は親もいれば兄弟もいるのである。家族もよもや、息子が地球の底で、バーのママをしているとは思わぬであろう。
 女装するのは、山下隊員だけではないのであった。賭にまけた隊員がさせられることもあるが、イソイソと自分からするヒトたちもいた。千葉隊員などは、「化粧のノリが悪いわねえ」
とブツブツ言ったかと思うと、お気に入りの黒のロングがないと大騒ぎし、
「これじゃあ、恥ずかしくて、人前に出られないわ」
と、クネクネしているのであった。

 これらのあまたの衣装も、化粧品もすべて日本からはるばる持ってきているのである。さすがおちぶれたとはいえ世界に冠たる経済大国である。
「不肖・宮嶋 南極観測隊に同行ス」(宮嶋茂樹著)新潮社刊から引用

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