イメージチェンジ
「あらー、久しぶり」
新宿駅で声をかけたら、彼女はポカンとしてる。そりや、そうだよね。長い髪で、化粧をして、胸まで出て、ミニスカートをはいているんだから。昔、同棲してた男だと、すぐに分からないのも当然よね。
「イメージチェンジしたんだ」
こんなイメージチェンジがあるのかしら、って自分でも思うけど、しちゃったんだからしょうがないよね。
彼女に会ったのは四年ぶり。学生時代の友人で同じ年。思えば、私が女性とセックスしたことは、彼女が初めてで最後の人だった。これでも昔はけっこう硬派で適していたから。バイク来ったり、けんかも時々したし。それは自分のなかにある、男とは違うものを否定しようとして、わざと男っぽくしてたところがあったから。そう、昔はそれが異常なものとしか思えなかった。
小さい頃、保育園でおもらしをして、着替えをさせられたけれど、たまたま男の用のパンツがなくて、女の子用の提灯のようなパンツをはかされたことがあったの。いつものと違う、女の子がはいているパンツ。そう思ったら、複雑な気持ちだった。うれし、恥ずかし。
小学校五年の時、母親が私のオシャレ着を買ってきたことがあった。きれいなローズイエローのブラウスで、私も黄色が大好きだったから、喜んで学校に着ていったのね。
そうしたら、同じクラスの女の子が同じブラウスを着てるじゃない。友達に、「それ、女物たよ」ととがめられるように言われてショックだった。一番気にいっていた服なのに、男物と女物てはそんなに違うのかなと思ってね。もう、その頃には、男の子なのに女の子の服を着たがるのは絶対おかしいヤツだという、強い罪悪感のようなものかあったのね。それ以来、学校には着ていかなかったけれど、お出かけする時には着ていった。もし、友達に見られたら恥ずかしいと思ってドキドキ。見られたくない願望と、見られたい願望とが、一緒にあるという感じたった。
それからー生懸命男っぽくして、そんな願望は忘れるように努力していたのに、高校の学園祭でもろくも崩れてしまったの。男子校て父母会がバザーをやってたんだけど、同級生が妹のお古のセーラー服を持ってきて千円で売っていたの。たまらなく欲しいと思ったけれど、勇気がなかった。結局、そのセーラー服は売れないまま残っていたの。
でも私は、あきらめ切れなかった。古着屋で、セーラー服を買うようになったのはそれからだった。でも、そんな趣味があるなんて、他人には絶対に秘密だった。男として許されないという常識が邪魔をして、さすがに着ることはできなかったけれど、ハンガーにかけて、壁に飾ったりしていた。他の女の子が着てるところを想像するんじゃなくて、自分が着てるのを想像しているの。でも、そんなこと、誰にも話せるわけがないでしょう。
それは異常なことなんだって思っていて、自分でも悩んでいたの。社会人になって、仕事もして、彼女をつくって同棲したのも、それを忘れたかったからだと思う。
彼女とは半年ぐらいの関係だった。結婚のママゴトかな。私が会社から帰ると、彼女がエプロンをかけて、ご飯を作ってて、「お風呂にします?」なんて聞かれると、「おまえがいい」つて答えたりして。その時は、しっかり男を演じてたのよね。それでもセックスは好きじゃなかった。ちょっと下を伸ばすと彼女の身体があって、肌に触れてるのがよかったの。だから、彼女としては欲求不満になったでしょうね。
ある日、彼女が、私用にとアイライナーを買ってきてくれたの。どうして分かってしまったのかと、すごくドキドキした。確かに彼女が化粧するのを、いつもうっとりと眺めていたけど、私も化粧がしたいなんて言ったことはなかった。それでも、一緒に暮らしていて、彼女は気づいたんてしょうね。
「してあげるよ」と私の顔に化粧し始めてね。アイライナーをつけて、口紅をつけただけだけど、鏡のなかの自分の表情が変わってるの、妙に色っぽくて。すると彼女が、「ちょっと買い物行かない?」って誘ったの?。そんなと思いながら、すぐ近くのコンビニまで買い物に行ったの。外にいたのはほんの10分ほどだけど、みんなが見ているような気がした。それまで自分は見る立場にいた。見られる側に立ったのは、初めてだった。
同棲する前に、こんなこともあったの。従姉妹がいらなくなったセーラー服を捨てるというので、もらってきて、ハンガーにつるしておいたら、遊ひに来た彼女に見つかって。
「どうしたんてすかこれ?」
そう彼女に聞かれて、「従姉妹が捨てるというのて、もらってきたんですよ」と答えた。そのとおりなんだから、しかたかないのだ。
彼女は、黙っていた。
「着てみようか」
自分でも何を言いだすのかと思ったが、その場の重苦しい雰囲気に耐えかねていたのだ。私はそのセーラー服を着て、彼女に見せた。
「へえ、けっこう似合うわね」
と彼女は私をのぞき込んてる。すこく恥ずかしくて、それをごまかすために、彼女に抱きついて、ゆっくりと押し倒したの。そしたら、彼女が私のスカートをめくったり、服の下に手を入れてきたりしたの。おとなしくて、普段はそんなこと絶対にしない人だった。自分が秘密にしていた部分を知られて、それでも拒否されなかった。心の底からホッと安心できる感じだった。
今から考えると、その頃の私は、彼女から女性というものを学んでいたんだと問う。すごい勢いで、それを吸収していたのよ。
彼女と別れたのは、お互いに仕事が忙しくなってきたから。そのうち彼女にフロポーズする男も現れて、私が「いいんじゃない」と言ったら、それでバイバイ。でも結局、結婚はしなかったみたい。新しい男には、セーラー服を着る趣味はなかったみたいね。
彼女と別れて、今まで必死になって男の側にふんばっていた糸が、自然に切れたという感じになった。無理に男らしくしていることに嫌気がさしたんてしょうね。コロコロとボールが転がるように、女になりたいという思いが強くなっていった。女性ホルモンを打つようになると、胸もふくらんできたし、身体の線も柔らかくなってきた。
今は、男でもいられるし、女てもいられるという状態。だって、女の側だけにふんばっているのも疲れそうだし。
男の暴力性とか、不特定多数の女性に対するやたらな性欲が、嫌だったというのもあるのよね。中学一年の時、初めてチカンに遭ってそう思うようになったのよ。ツメ襟を着ていた私を、若いお兄さんが後ろから触ってくるの。合宿に行く途中で、大きな荷物を抱えていたから、何の抵抗もできなくて。怖い、嫌だと思いながら、アソコは大きくなっちゃうの。それで相手は、どんどんつけあがる。悔しかった。でも電車から降りてから、屈辱感と自分の心とは正反対の身体の反応に、わけがわからずしばはらくボーソッしてた。
最近も、よくチカンに遭うのよね。ベルか鳴ったとたんに電車に飛び乗ったら、後ろから中年のおじさんに押されて。朝のラッシュだから、身体なんてほとんど動かせない状態。それで、やっぱり後ろからおじさんが触り始めたの。必死で逃げて、若い大学生のような男の人に助けを求めるように近づいていったの。そしたら、今度は、その若い男が触ってくるの。隣に立っていたサラリーマンがそれに気づいて、注意してくれるのかと思ったら、そいつまでが加わって触ってきて。ドア近くにいたアベックの女の子の方は、「餌食よね」とか何とか言いながらニヤニヤ笑ってるし。女性を生きていると、それまで見えていなかった別の世界があるというのが分かったな。
そんなこともあって、男でふんばってるのも、女でふんばってるのも、けっこうしんどいから、男と女のどちらても自由に行き来てきる位置が一番心地良いかなと思ってきたのね。
ても、それは半分成功して、半分失敗したかな。
確かに、女性ホルモンを使い始めてから、嫌だった男としての性欲はほとんどなくなった。でも、女性には性欲はないと思っていたことが間違いたったのに気づいたの。だって、女の子って、男のように友達同士で性的な話なんてしないじゃない。たから、ポルノビデオのなかでベッドでキャーキャー騒いでいる女の子たち、あれは演技だと思っていたのね。アパートで上の部屋に住んでいた若い夫婦も、夜中にギャーギャー騒いでいたけど、水商売の人って、やっぱりサービス精神が旺盛なのねって思ってたぐらいで。
まさか、自分がそうなるとは思ってなかった。女になってみて、初めて分かったの。私も大声をあげちゃうの。胸が大きくなってくると、それがすごく敏感な部分たということを発見したの。女性ホルモンを打ち始めてからしばらくは、人や物との距離感がつかめなくて困ったこともある。柱と横に立っている人との間を通り抜けようとして、柱に思い切り胸をぶつけてしまったことがあって、すごく痛かった。
そんな胸に触られると、感じるんだということも、女になって初めて分かったこと。お腹の中心が熱くなってくる。これは男ていた時にはなかった感覚よ。そんな風に感じながら、ペニスも射精するっていうのは何てなのかしら。でも、ペニスには昔のような快感はなくなっていて、いまはただ痛いだけ。そう昔なら、射精の瞬間に快感が凝縮していた。それでー気に噴き出して、終わりだった。ところが今は、その後に揺り戻しのようなものかあるのよ。ドーンという感じて快感が襲ってきて、その時に我慢かできずに、思わず声が出てしまう。泣きたくなるようなせつない感覚。身体のなかにもともとあった別の系統の感覚が働き出したことは、私にとってはけっこう大きな出来事だった。やっぱり感覚としては、女の方が男の5.6倍は強いんじゃないかという実感を持ったのね。これを男が知ったらみんな女になりたがる。かな?
女の体つきになって、女の服装をして、日常生活を生きることにも慣れてきた。女として仕事をしているし、同僚も疑ってはいない。化粧をして出かけて、仕事から帰ってくると、化粧を落としてホッとする。今は男性のパートナーがいる。
そう、高校時代にもあこがれていた同級生がいたの。けっこう不良だったヤツで、よくー緒に遊んでた。もちろん男同士としてね。でも、彼への私の思いは男としてのものじゃなかった。久しぶりに同窓会で会った時、女のかっこうで行って、「昔あこがれてたんだよ」つて彼の腕にからみついたら、テレテレになっていたっけ。そういえば、彼女と同棲していた時にも、彼女が嫉妬するほど仲が良かった男友達がいたんだっけ。
今の彼は、趣味が同じ。共適しているのは、二人とも女装が好きなこと。なんたって女装雑誌で知り合った相千だから。といっても、私のように子供の頃から女の子になりたかったというわけではない。男であって、男として生きてることに疑問はないんたけど、それでも女装することが好きというだけ。彼は女装して外に出たことがなかった人だったから、旅行に誘ってみたのね。化粧をして、ワンヒースを着て、ハイヒールをはいて、二人で出かけたのはいいけれど、彼は緊張のあまりに身体が固まってしまっていた。おもしろかった。
その彼とほとんどー緒に暮らす状態になって、少し困ったことも出てきたの。二十代の男なんだから、まだまだ元気よね。彼は当然のように、男と女のセックスを求めてくる。でも、私はまだ手術していないから、下半身は男でもあるわけで。それで使えるところといえば、限られてくるでしょ。ところが、これが痛いのよ。すごく痛いだけで、私は、はっきり言って嫌いなの。
「何で男って、そんなにセックスをしたがるの?」
女の友達に電話をしたこともあるのね。そしたら、
「昔の自分を思い出せば分かるでしょう」って、私、そんなにHだったかしら。
「もう男だった時の感覚なんて忘れちゃってるのよ」
あれ、私って男にでも女にでもなれる位置にいたんじゃなかったっけ。いつの間にかどっぷり女につかり込んでしまっていたのね。それで分かったの。自分が男でいるためには、ふんばっていないといけないんたけど、女はそのままで女なんだって。このまま女の側にコロコロ転がっていってしまうものなんだなって。
二年前にインドをーカ月旅行したあとのこと。日本に帰ってニ日目にお腹が痛くて、トイレに行ったら、血がポタポタ流れたの。
「ついに来たのね」
思わず感動して、母親に報告したら、「あんた、それは下血でしょ」と笑われてしまった。それまで毎日辛いものを食べていたから、胃腸が疲れてしまっただけだったのね。
昔同棲していた彼女と飲みながら、そんな話をあれこれとしてしまったの。二人並んでカウンターに座って、三時間ぐらい一緒に飲んでいたかしら。彼女は黙って聞いていたけれど、最後まで私の方に顔を向けようとはしなかった。
帰りに、新宿駅のコンコースで、「ねえ、昔みたいにキスしよ?」つて言ったら、
「だめよ。女同士にしか見えないもの、目立ちすぎるわ」
彼女と私にとっては、すごく長い四年間だったんだなって、あらためて実感したのね。
「心の性」で生きる 八岩まどか著 朝日ソノラマ刊より引用