「痴漢電車」
(サンケイスポーツ 第4回性ノンフィクション大賞作品)
<当時、電車で遠距離通学をしていた中学生のボクは、背中に特製ランドセルを背負って学校に通っていた。ある日、京浜東北線の電車の中で見知らぬ男のものらしき手が股間に触れて....学校でその話が話題となった。後日、今度はズボンの中のモノにじかに触ら
れて.....>
ボクがはいていたのは白いブリーフだった。
そのブリーフの上から指が巧みに動く。5本の指と手のひらのすべてを使って、陰茎の先端から末端、陰嚢までを同時にすっぽりと包んで愛撫していく。
「あっ」思わずボクは声を出してしまった。驚きと気持よさがー度にこみあげてきたようなうめき方だった。
(まいったなあ。男に撫でられて気持がいいなんて)
そう思うだけの余裕はまだ残っていたものの、びっしりと混み合っている満員の通勤電車の中でズボンに手を突っこまれて、しかもあろうことか陰部を愛撫されている恥ずかしさといったらなかった。顔がポーッと赤くなったのが自分でもわかった。耳まで真っ赤になった。
季節は6月。冷房のきいていない電車の中に、汗かきのボクにしては信じられないくらいに寒気すら感じて、体全体がカチンカチンに固くなってしまった。
(なんとか逃げなくちゃ)とはいっても、当時の赤羽線の混み方は、半端なものではなかった。あとになり、国鉄労組などのストがあって、そのときには都内のどの電車もみのすごい混みようだったが、そのストのときのラッシュを毎日やっているのが赤羽線だった。
その朝もそうだった。
ボクは男の手から逃れようと、向きを変えようとした。だが、人混みとランドセルが邪魔してなかなかうまくいかない。
後ずさりすることも横に位置をずらすこともできない。ボクは空いている両手を相手に押し付け、なんとか距離をとろうともがいた。そして両手を思い切り相手の胸のあたりに突きだした。
ところが思いがけないことが起こった。男がボクの陰部を右手で愛撫しながら、もう片方の手で胸に突き出されたボクの右手の手首を握った。それからその手を自分の股間にと導いた。男の股間はボクのそれほどではなかったが、固くなっていた。
「うわっ!」
思わず大きな声が出てしまった。
男はー瞬、ひるんだように、右手を持つ手をゆるめたが、それもほんのつかの間のことで、すぐにまた何事もなかったかのように力をこめて、ボクの手を自分の股間にと導き、上下に撫でこすらせた。男の手につかまれると、いくら閉じようとしてもボクの右手は開いてしまい、手のひらを相手の股間に押しつけられてしまう。そうしながらも、男の右手はブリーフの上からの愛撫をやめない。ボクの陰茎へのやさしくソフトな、巧みな愛撫が続いた。しかし困ったことに、ボクの陰茎はしっかりと膨張し、勃起してしまっている。すでにブリーフの中におさめるのも苦しいほどになっていた。
(ああ、気持いい)という気持と、(どうしよう、なんとかやめさせなくては)という焦りが交錯する。
そうしながら、必死に男の手から逃れる方法を考え続けた。
(こうなったら、次の駅で降りるしかない)
ずいぶんと時間が経ったように感じられたが、赤羽駅を発車してからまだ3分も経っていなかった。
「まもなく十条です」というアナウンスが聞こえた。
ボクは大声で叫んだ。いや、そのつもりだったのだが、実際の声は、聞き取れないほどにかすれた情けない声だったのかもしれない。
「降ります。すみません。通してください。降ります」
十条駅に着き、左側のドアが開く。東京家政大学の付属校があり、女生徒達が降りる。
相手の男は進行左側に立っていたが、ボクは仕方なくその方向に動くしかなかった。
男に股間を愛撫されながら動き出すなんて、本当はできることではなかったが、イチかバチか、ボクは必死で体当たりをくらわすように前に進んだ。
そしてもう1度「降ります! 通してください」と叫んだ。一度、声を出したからなのか、自分の中に冷静さがもどってきたようだ。今度は声がかすれもしなければ、うわずったりもしなかった。自分のふだん通りの声を聞き、さらに気持ちが落ち着いた。するとあれほど張りきっていた陰茎が、急速に力をなくしていった。男があわてて、愛撫していた右手をズボンから抜き、ボクの右手首を離した。
車内には、4月の初め以来、ほとんど同じ時刻、同じ車両、同じドア付近にいた顔じみの乗客達もいた。
「どうしたの。まだ池袋じゃないよ。具合でも悪くなったかい?」と声がかかった。
「ええ、ちょっとお腹が痛いので、トイレに。すみません」
ボクは顔も見えないまま、親切なその声の持ち主にお礼を言った。
気づくと、いつの間にかファスナーが閉じられていた。
十条駅のホームに降りたボクは、まっすぐにトイレに走った。服装とか陰部とか顔つきとか、自分の状態がどうなっているか、急いで確かめたかったかったからだ。鏡を見てから、ボクはすぐに大便用のトイレに飛びこんだ。ズボンを下げ、ブリーフを脱いで、仔細に調べたが、とくに異常はなかった。
(よかった。なんともない)少し余裕ができた。(それにしても、なんて早わざなんだ)
降り際に、ファスナーまで閉じられていたのにはびっくりした。
(だけど、なんでボクばかりねらわれるんだろう?)
ポクは苦笑した。
(それにしても気特がよかった。男に愛撫されて、あんなに気持がいいとは....)
次の電車に乗るべきか、ボクは迷った。しばらく考えて、いつも乗る車両の位置をずらすことにした。
待ち伏せでもされていたら大変だと思ったからだ。
それから2週間ほど経った、6月の最後の週だった。
あの事件のあと、ボクは京浜東北線でも赤羽線でも、乗る時間と位置をずらした。時刻を早くするか、遅くするか迷ったが、早くすることにした。遅くすると、どこの駅からあの男が乗ってくるかわからない。どこかの駅で待ち伏せされる可能性があったからである。ボクはずいぶんとませた少年だった。男色という、男が男を愛する性があるこは知ってはいたが、まさかそれが自分に向けられようとは思ってもいなかった。いろいろな本で男色というものを調べてみた。どうやら女性の陰部のかわりに、男の尻の穴を使うらしい、とわかった時には、思わず吹き出してしまった。その瞬間、グロテスクでこっけいな光景が思い浮かんだ。(変なの)でも、と思った。(ということは、あいつはこの前、あの後、どうするつもりだったのだろう。まさかボクのお尻を....)
そこまで考えて、ボクは気持ち悪くなってきた。
あの日から2週間経ったある朝。電車が赤羽駅を出たとたんに、ボクは(しまった)と思った。
油断だった。
男の手が迷いもせずに、ボクの股間に的確に伸びてきて、ズボンのファスナーを下げた。そして男の右手はブリーフの上からすっぼりとボクの陰茎を包み込み、愛撫し始めた。その手をふり払う余裕などまったくなかった。左手はボクの腰にまわされ、後に逃げられないようにしていた。こうなったら抵抗のしようがない。
(仕方がない。また十条で降りちゃおう)と思ったときには、男の指はブリーフの中に入りこみ、ボクの陰茎を直接さわっていた。頭の芯がズキンとして、心臓の高鳴りが電車の音よりも大きく聞こえるような気がした。
男は腰にまわした力を調整して、痴漢行為をしやすい距離にボクを置いた。それから手慣れた動作で、ホクの陰茎をブリーフからつみ出した。周囲の誰にも気づかれないようにして。すでに膨張していた陰茎、ブリーフとズボンのファスナーに引っかからないようにしながらの、やさしくいたわるような取り出し方だった。ポクは声すら出せずに、呆然としていた。口の中はカラカラに乾いていた。体はガクガクと震えて、立ってていられないほどだった。なのに不思議なことに、下半身だけが悦び勇んでいる。
(ああ、なんて気持いいんだろう)
ボクは男の愛撫に酔っているような気分で、さらに身体を熱くほてらせた。男はそんなボクの陶酔した状態を見透かしたかのようにそ、っと指を動かし、包皮を器用にむいていった。ボクの陰茎は皮をむかれながらもも興奮して膨張を止め、時々、かすかな痛みを感じつつ、しびれるような快感に畠みこまれた。包皮をむき終えた後、男の愛撫が変化するのがわかった。ゆっくりとした指の動き が次第に激しさを増していく。
(うっ、これまでの愛撫は序の口だったのか。それにしてもどうしたらいいんだろう。こんなにも気特よくなるなんて)
まるで真綿か羽毛で撫でられているような軽やかでソフトな感触。しかも快感のポイントをついた愛撫だった。
ボクは立っているのが、本当に辛くなり、思わず相手のベルトのあたりに手をかけて、なんとか自分の体を支えた。
それを侍っていたかのように、また男の愛撫のやり方が変わった。今まで以上に、濃厚で巧みな動きに変化したのだ。
さわっているか、いないかわからないような微妙なタッチであるのに、しっかりと強い力で陰茎全体を包みこんでしごいていく。その逃れがたい愛撫に、ボクはもう身動きすらできないくなっていた。
まだセックスの経験はなかったが、(女の人のアソコに挿入すると、きっとこんなふうに気持よくなれるんだろうな)とボクは思った。
すると快感がますますふくれあがった。
「うっ」
思わず口から呻き声がもれた。
(ああ、ダメだ。こんなことで呻き声をあげてしまっては…相手の男を悦ばせるだけだ)
頭の中では必死に逃げようと思うのに、快感はとまらない。同じく呻き声もとまらない。 ボクは男の胸に口を押しあて、声が出るのをがまんした。
十条駅に着いたとのアナウンスがあった。僕は降りるどころか、一歩も動くことができなかった。
乗り降りする乗客の動きで、このシーンを他人に見られたらどうしようという思いで頭がいっぱいになった。
男は露出しているボクの陰部をうまく隠しながら、指を動かす。そして愛撫は休むことなく続いた。
ボクの陰茎の膨張も、いっこうに衰えることはない。
電車が発車した。
男は前の時のようにボクの手首を取り、自分の股間に導いた。
ポクは必死で逆らった。
(だめだ、そんなことをしたら、本当に大変なことになってしまう)
理性をなくした快感の極みで、ボクはつぶやいた。
ボクが懸命に抵抗していることがわかると、男は自分の股間を逆にボクの右手に押しつけてきた。
男の陰茎が、前回のときよりもはるかに膨張しているのがわかった。
(こんなに興奮しているのに、どうしてこいつはいろんなことができちゃうんだろう)
ボクばつかまれていない左手で、思いさり男を押しのけた。
(もしもボクのオチンチンがズボンの中から飛び出しているところを人に見られたとしても、仕方がない。恥ずかしいけれどこれ以上、エスカレートさせないようにしなきや)
男はボクの右手を離し、もとのように腰にまわして、2人の距離が開くの止めた。どうやら自分の陰部をボクに愛撫させるのはあきらめたらしい。同時に右手の愛撫が少し変化した。親指と人差し指で輪をつくり、ボクの陰茎をその中に入れ、右手全体で包んで、上下にピストンさせながらの愛撫になった。これには、ボクはひとたまりもなかった。男は亀頭からカリ首のあたりをゆるめたり締めつけたりして、激しくゆっくりとリズミカルに上下運動を続けた。
「あう」
自分でも恥ずかしくなるような呻きが口からもれた。ボクの腰はガクガクと震え始めた。思わず、自ら前後に腰をゆすって、男にしがみつく。それから男の胸に口を押しあて、呻き声がもれそうになるのを必死にこらえた。ボクが胸に口を押しつけたのを、男の方は同意と受け取ったようだ。そしてさらに指の動きを巧みにさせた。
(どうしよう。このままでは射精してしまう)
頭の中が真っ白になるのがわかると、反射的に口が開いた。
「やめ〜」
ようやく、かすれきった声が出せた。
「やめ〜」
まわりに聞こえないように、もう一度、男に言った。声を出したおかげでがまんの限界にあったボクの陰茎の膨張が、ほんの少しゆるんだような気がした。
(よかった。なんとかなる) あと少し遅かったら、危うくこの快感に溺れこんでしまうところだった。
(こんなに気持ちよくさせてくれたら、きっとやめられなくなるだろうな。そんなふうになってたまるか)
急にボクの負けん気が頭をもたげてきた。
男が左手をボクの腰から離した。ボクが離れようとすると、右手に力を入れて陰茎をしっかりと引き寄せ、離れられないようにした。それも力強く陰茎をつかむのではなく、まるで力など入れていないかのような5本の指で、不思議な愛撫を続けた。その巧みな指の感触に、せっかくゆるみかけていた陰部の膨張が、また回復してしまった。
(ボクの右手をつかむために、左手を腰から離したんだろうか)
そう思って下を向いたボクは、ギヨッとした。男の左手には、まっ白いハンカチが握られていた。
右手のピストン運動がいちだんと激しくなる。陰茎にねっとりとからみつくような動きだ。
(うわっ、射精させるつもりだ)
ボクの快感もふくれあがった同時に恐怖感も強まった。
「うっ」
また呻き声がもれる。(ああ、がまんができないほどに気持いい。このまま射精させられてしまう)
しかし次の瞬間、快感に恐怖心が勝ったのだ。ボクは両手を伸ばして、男の喉もとをはさんだ。考えた結果、これしかないと思い、手に力を入れて、「やめろ」とささやくように男に言った。
男は冷静だったが、陰茎の膨張は、急速に衰え始めた。まわりの乗客の何人かが、いきなり首をしめられかかっている男の様子に異変を感じたようだった。ボクと男のまわりに、の輪ができて、広がった。
「わかった」
男はそう言って、ボクの陰茎を取り出した時と同じ早さで、それをズボンの中にもどした。
少し衰えかけていたとはいえ、まだ勃起したままの陰茎をやさしくそっとしまいこみ、ズボンのファスナーを引き上げて閉じた。
ボクは男の喉もとから手を離した電車が板橋駅を過ぎたことにはまったく気づかなかった。
「まもなく池袋、終点です」のアナウンスの後、男の手がもうー度、ボクの股間にスッと伸びた。
(また?)
ようやくおさまりかけていたボクの陰茎が、ふたたびふくらみ始めた。しかしこれまでの愛撫とはちがっていた。
ボクの興奮をじょじょにしずめるような愛撫だった。いったんムックリとした陰茎はその愛撫でまもなくおとなしくなった。
それを確かめると、男はボクの陰茎をズボンの上からうまくつまみながら、ブリーフの中にもどした。
(なんと、すごい手だ)
池袋に着いた。
ホームに降りた時、ボクはまるでハヶ岳でも登山したかのように、膝がガクガクとしているのに気づいた。そして急に座りたくなった
その頃、池袋駅の赤羽線ホームは拡張上事の最中で、ベンチがなかった。
ボクが隣の山手線のホームのベンチに歩き出した時、追いかけるようにして、横に並んできた男がいた。男はボクの耳元で、「ついておいで」とささやいた。
耳たぶにキスでもされたよう気がして、ゾクッとした。
(あいつだ)
ボクは男の方を見向きもせずに、混雑している階段に向かって走り出した。
山手線ホームに着き、後ろを振り返ったが、誰もついてきている様子はない。
そのときになって、ドッと汁がふき出した。
(ゆっくりとベンチに腰かけてなんかいないで、早く学校に行こう)
ボクは急いで山手線の電車に飛び乗った。
始業前の教室で、誰かが大声で話していた。
「男が男を痴漢するのはだなあー」
ボクは今朝のことを話そうとしたが止めた。
(女の人と経験してみてからだ)
13歳の誕生日まで、あとひと月と少しの出来事だった。
サンケイスポーツ 第4回性ノンフィクション大賞作品「痴漢電車」から引用(平成15年4月2日から4月6日掲載分)