「或る警察官僚の半生」
(堀貞行)
ある夜、そろそろ一升瓶の封を切ろうかというときに、110番が入った。
「管内のアパートで、女性の死体か発見された。和服姿の女性、首にはひもが巻き付いている」
すわっとばかり四、五人で捜査用車に乗って出動した。飲屋街の一角にある木造の古いアパートの一室が現場だった。しばらく顔を見せない男性の居住者に不審を抱いた大家さんか、合い鍵で入って、ベッドに横たわっている女性の死体を発見、110番したとのことたった。
雑然と散らかったその部席の隅に小さなベッドがあった。そのに着物姿の女性が横たわっていた。まだ生きているような顔色だった。
「自殺かな」
しばらく観察していた主任が言った。ベッドの柵にひもを掛けて自分の上半身の重さだけで窒息死する「非定型縊死」ではないかというのだ。抵抗のあとも、衣服の乱れもない。
「しかし、一体この女性は何者だ」
「居住者の留守に上がり込んで首をくくるとは」
死因がはっきりしない死体は、警察官が検視をすることになっている。主任は当たり前のように、「じゃあ始めっかね」と、死者に一礼してからその女性の死体の検分を始めた。
外形をよく観察し、ついで着衣を改めていくのだ。私は、死亡直後の死体を見るのは初めてだった。
薄化粧をしたその女性は、形の整った顔をしていた。
「あれ!」
五分もしないうちに、主任がすっとんきょうな声を上げた。
「おいおい、女じゃのうて男だがや」
見ると、着物の下には男物の下着をはいていた。そして、その下からは紛れもない男のシンボルがのぞいているではないか。
枕元から遺書が見つかった。なにやら、女性に憧れる自分かいやになったというようなことかつづられていた。本棚にあったアルバムには、女装したその自殺者のたくさんの写真があった。
一番びっくりしたのは、男性に部屋を貸したと思っていたあの大家さんだったろう。
「なんだか、おれらも生きとるのがやんなってきたがや」
帰りの車内で、主任がつぶやいた。私も、みんなも、なにも言わずに黙り込んでいた。
「君は部下とともに死ねるか−或る警察官僚の半生」堀貞行著:時事通信社刊から引用